ジャーナリストによる本格的な戦場取材が始まったのはスペイン内戦、ヘミングウェイもジャーナリストとして身を投じ、写真家キャパは「崩れ落ちる兵士」を発表、世界を震撼させた。日中戦争では、新聞各社は特派員を送り込んだが、多くの写真が公開不許可となった。米軍の従軍カメラマンが撮影した原爆投下直後の長崎の写真は、43年後初めて公開され、その一枚「焼き場に立つ少年」は、今も80年前の悲劇の記憶を語り続ける。
1950年代、沖縄には「代筆屋」という商売が登場した。言葉の壁を越えて生まれた、沖縄女性とアメリカ兵の出会い。代筆屋はラブレターの翻訳を請け負った。しかし恋が長続きすることはまれだった。女性の前から突然姿を消したり、戦場で音信不通になることが多かった。沖縄の女性とアメリカ兵の間に生まれた子どもは数千人と言われるが、多くが父親を知らない。男と女が交差する島で愛を見つけ、やがて���った女性たちの物語。
江戸時代、歌舞伎は幕府の統制により女を演じるのは男となった。女形の誕生である。明治に登場した五代目中村歌右衛門は、白粉の鉛毒に苦しみながら舞台に立ち続けた。息子の六代目歌右衛門は日常も女性になりきって暮らし、妖しい色気で戦後最高峰の女形として人間国宝に上り詰める。一般家庭から歌舞伎界に飛び込んだ坂東玉三郎は、現実離れした透明な存在感で観客を魅了した。女形を極めようとした男たちの美と執念の世界。
ローマ教皇は時に傷だらけとなりながら世界と格闘してきた。無神論の共産主義の脅威を訴え、ナチに接近し、後に一部から「ヒトラーの教皇」と呼ばれたピウス12世。米ソの仲介役を務め、キューバ危機回避に動いたヨハネ23世。命を狙われるも冷戦下のポーランドで民主化運動を鼓舞したヨハネ・パウロ2世。21世紀には、聖職者による児童への性的虐待が世界中で明るみに出た。その言葉、時に沈黙さえも世界の運命を変えてきた。
アメリカ空軍を世界最強へ押し上げたカーティス・ルメイ。「皆殺しのルメイ」「鉄の尻」「悪魔」、数々の異名を背負う男である。太平洋戦争では日本の都市への無差別爆撃で26万の命を奪い、戦後、朝鮮戦争やキューバ危機でもルメイは核兵器の使用を強硬に主張した。徹底的な破壊で、敵の戦意を奪い、一気に決着する。ルメイの思想は、今もアメリカ軍の軍事作戦の根幹である。「力による平和」を掲げた将軍ルメイの生涯をたどる。
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